〜Örményes ウルメイニシュ〜ハンガリーの田舎の村が教えてくれた、本物のオーガニックライフ〜


2015年6月からFinoMagazinをスタートさせて、はや9ヵ月が経ちました。
ハンガリーと日本が今まで以上に、もっと身近になって欲しいとの願いから、筆者とCDを務めるハンガリー人のパートナー、そして、友人のハンガリー人エンジニアとともに立ち上げたFinoMagazin(フィノマガジン)。

今回はウェブサイトでの情報配信を始めるきっかけを与えてくれた、『ウルメイニシュ』という場所についてお話したいと思います。

 

ハンガリー人ですら知らない人が多い、かなり田舎の村ウルメイニシュ

©FinoMagazin ウルメイニシュの光景

 

初夏の頃、国鉄の車窓から映したこの写真。
辺り一面にのどかな田畑風景が広がり、その先にはまばらな民家が見えています。

ハンガリーのとある田舎の風景。

ここはウルメイニシュ(Örményes)という、ハンガリーでも1.2を争うほど田舎と言われる村です。
田舎なのでもちろん自然はとても豊か。

空気も美味しく、おそらく最も治安が良い場所でしょう。

筆者が家族とともに、ハンガリーのウルメイニシュに移住したのが、2013年の秋。
それからまだ、3年も経っていないのですが、なぜか20年以上も時が流れたような気になります。

人生の長い年数を24時間眠らない『東京』という都会で過ごしてきた者には、日本ではない“異国の田舎暮らし”はまるで想像がつきませんでした。

東京で長く広告業界に身を置いてきた筆者は、ハンガリーに渡航する直前まで仕事漬けの日々。

飛行機に乗る2日前まで、某自治体のウェブサイトのリニューアル作業に負われていました。
海外移住の前に、一度でもハンガリーに渡ってこの国を下見に行く時間があれば、と思ったのも後の祭り。

当時、国内旅行はまだ休みが取れたものの、海外旅行となると、1〜2週間の休みなど取得できるはずもなく、目の前の仕事で精一杯の日々でした。

そんな強行スケジュールで始まった海外移住、ハンガリーでの田舎暮らしは、筆者が今まで培ってきた価値観やちっぽけなプライドが、一瞬にして音を立てて崩れた瞬間でもあったのです。

 

駅周辺にあるお店は、郵便局と個人商店の2軒のみ、街灯はもちろんナシ

©FinoMagazin

©FinoMagazin ウルメイニシュの風景

 

写真は、よく筆者がジョギングコースにしていた大通り。

もちろん、お店は一軒もありません。

あるのはただ、田畑のみ。

こちらの写真では電燈がありますが、夜はほとんど街灯というものはない場所です。

私達が暮らし始めた時は、道もまるで舗装されておらず、ハンガリーの人達がカートゥと呼ぶ、大きな凹みがたくさんあり、運転する時もかなり注意しないといけない状態でした。

また、春から夏にかけて、ねずみのような小動物の死骸が、道ばたに散乱していた光景も未だに忘れることができません…。

このあぜ道を走っていると、どこからか脱走してきたうさぎと遭遇したり、馬に鞭をあてて調教している方をお見かけしたり。

歩道と民家の間には、小さな土手とでも呼べばいいのでしょうか。

芝生がUの字型になっており、雨や雪が流れていくように真ん中にくぼみがあります。

その芝生の上を優雅に歩くアヒルたち。

それは、飼い主達がある一定の時間になると鶏達を塀から出してあげて、お散歩させている光景でした。

ウルメイニシュにあるほとんどの民家には鶏小屋があり、豚小屋まであるお宅もあります。

その理由は、そうです、ここの暮らしは自給自足に近いのです。

ウルメイニシュの人々は、皆さんそれぞれ仕事に就いていますが、その一方で、自宅の庭では、パプリカやトマト、玉ねぎ、ウボルカと呼ばれる野菜(日本のキュウリ)、ジャガイモ、ネギ、さらにフルーツの苺や葡萄まで栽培しています。

また、彼らは日々の食事のために、自分達でダッグ(アヒル)やニワトリを飼育。

卵を調達し、それらの鶏を最終的には自ら屠殺して、ダッグ達は、当然ながら、最後は人々の食卓に並ぶことになるのです。

 

この後、人々の食卓に並ぶことも知らずに…優雅に散歩するアヒルたち

©FinoMagazin ウルメイニシュの光景

 

のんきにお散歩していたダッグ(アヒル)たちが、屠殺される光景は未だに忘れられません。

私の義父ももちろん、日々、鶏たちを飼育し、屠殺し、鶏の皮を剝いでいました。

日本では屠殺は免許がないと許されない行為ですが、ハンガリーではブダペスト以外の地域ならおそらく、どの家庭でもこうして自給自足の生活をするのは当たり前のことなのです。

ベジタリアンや宗教的な理由がある方以外であれば、誰もがお肉を食べているのに、屠殺するなんて野蛮だ!と、綺麗事を言うのは本来おかしいことなのかもしれないと思うようになりました。

最初は屠殺の光景を目の当たりにしてかなり混乱しましたが、お肉屋さんもない時代は、人々が当たり前のように自らこうして肉を調達していたわけです。

お隣のおうちで養豚していた豚さん、最後はソーセージに…

©FinoMagazin Pig

©FinoMagazin Pig

ちなみにこの豚さんは、お隣さんのお宅が養豚していました。

最終的にはこちらのご主人が屠殺し、豚肉でソーセージを大量に作っていくのです。

彼らが屠殺される時の…断末魔の叫びはあまりに悲痛で…、その声を聴いた夜は、なかなか寝付けませんでした。

そんなふうに思いながらも、お隣さんからソーセージを頂いたり、お庭でのバーベキューによく招かれて、彼らを食していたため、自分でもなんて矛盾しているのだろうと今でもよく思い出します。

©FinoMagazin お隣さんが養豚していた豚のお肉で作ったソーセージ

©FinoMagazin お隣さんが養豚していた豚のお肉で作ったソーセージ

2013年10月、東京の成田空港からカタール航空を利用してハンガリーへ。

カタールのドーハ国際空港※でトランジットし、ブダペスト行きの飛行機を待つ事、5時間。
東京とブダペストの距離は約9,063Kmも離れているそうです。

日本からハンガリーへの長い長い空の旅は、24時間近くかかった記憶があります。

※現在、カタール国際空港ではなくハマド国際空港。旧ドーハ国際空港に離発着していた民間航空機は、2014年5月27日に完成したハマド国際空港にすべて移転しています。

ウルメイニシュへの道のりは、ブダペストからヌガティ駅(西駅)で国鉄に乗り、第2の都市デブレツェンに向かう各駅電車に乗ること約2時間。
車だと1時間半くらいの場所にこの村があります。

初めてこの地に降り立った日は、長〜いフライトで心身ともに心底疲れていたため、周囲の風景をゆっくり眺める余裕すらなかったのですが、1日2日経つに連れて、色々なことに気がついてきました。

この地に着いて、最初に気になったのが、パートナーの親はもちろん、ご近所の人達、パートナーの幼なじみや友達も誰ひとりとして、英語を話すハンガリー人がいないこと。

 

なぜ、ハンガリー語を話さない?という周囲の視線を常に感じる日々

©FinoMagazin ウルメイニシュの光景

©FinoMagazin ウルメイニシュの光景

当たり前ですが、ウルメイニシュでの人々の会話は、すべてハンガリー語しか飛び交っていません。

ハンガリー語は挨拶程度で、基本的な言葉もろくに覚えない状態でハンガリーに渡った筆者。

ヨーロッパだからきっと、英語くらい通じるだろうと、そんな甘い考えは木っ端みじんに砕かれました。

上の写真は、6月、梅雨の時期の晴れ間に撮影したウルメイニシュの風景。

『ハンガリー人はヨーロッパ人だから、英語くらい話してくれるだろう』

いかに短絡的だったか、今、振り返ってみると、とても幼稚な発想で恥ずかしくもあります。

考えてみれば日本でも、田舎に行けば行くほど、外国人の姿はあまり見かけず、また、田舎で暮らす年配の人が外国人に英語で話しかける光景を見た事はありませんでした。

それを思えば、ハンガリーの田舎であれば誰ひとり英語を話してくれる人がいないのは当然だったのです。

電信柱の上に巣を作った親鳥が、ヒナに餌を与える光景

©FinoMagazin シュバシコウ (gólya) は主にヨーロッパに住んでいる鳥で、寒い冬にアフリカに引っ越して、天気がまた暖かくなったら、ヨーロッパに戻ります。日本にはいないね。昔は煙突の上に巣を作りましたが、煙突から煙が出ますから、かわいそうだし、煙突があまり広くないから危ないし、ハンガリー人は電線の柱の上に鉄から丸いスタンドを作って、gólya はそこで巣を作りました。これで安全に雛鳥を育てられますね。たくさん見てくださいね。^^ハンガリー人はgólya が好きです。可愛いと思って、幼稚園の歌もあります。

©FinoMagazin シュバシコウ (gólya)

 

ある日、下の息子をベビーカーに乗せ、お店が一軒もない近所をお散歩していると、ふと空を見上げたら、電信柱の上に、なんと鳥が巣を作って暮らしているではありませんか!

この光景について、知り合いになったハンガリー人女性が詳しく教えてくれました。

この鳥はシュバシコウ、ハンガリーではゴーヤ(gólya) と呼ばれる鳥で、主にヨーロッパに住んでいる鳥なのだとか。

寒い冬にアフリカに引っ越して、天気がまた暖かくなったら、ヨーロッパに戻ってくるのだそうです。

ゴーヤたちは昔は煙突の上に巣を作っていましたが、煙突から煙が出るため、危険ですよね。

その光景を見た当時のハンガリー人達は、電線の柱の上に鉄で丸いスタンドを作ってあげたそうです。

そうして、ゴーヤ(gólya) 達は電信柱の上の部分に巣を作るようになったということでした。

当時、地上から電信柱のてっぺんをじっと見ていると、親鳥から餌をもらう小さなヒナ達の姿をほんの少し確認できると、とてもうれしくなったのを思い出します。

知人の女性いわく、

『ハンガリー人はgólya が好きです。可愛いと思って、幼稚園の歌もあります』。

だそうです。

 

80歳で1人、自給自足の暮らしをするおばあちゃん。彼女が愛する猫とお庭の風景

©FinoMagazin

©FinoMagazin

この写真は、向かいに住んでいたおばあちゃんのお庭。

彼女は80歳で、すでにひ孫までいらっしゃるおばあちゃんでしたが、この家で暮らすのは彼女と孫にあたる男性のみ。

そして、悲しい事に、お孫さんは働くことが嫌いで、日本で言うとニートと呼ばれる状態でしょう。

彼はこの村に唯一ある小さなお店の前で、いつもビール瓶を持ち歩き、そこに集う同じドランカー(酔っぱらい)の男性達と、おしゃべりを楽しんでいました。

そんなお孫さんと暮らすおばあちゃんは家事もお庭の手入れや自家栽培の野菜のことも、また、日々の養鶏も屠殺も、“80歳を過ぎたおばあちゃん”がすべて1人で行っていたのです。

筆者夫婦も義父も養豚していたお隣さんも、ご近所さんはみな、そのおばあちゃんのことを日々、気にかけていました。

皆さん、いつも決まった時間におばあちゃんのお宅に顔を出し、何かしらお土産を持っていっては、おばあちゃんのお庭や玄関先にある居間でコーヒーをいただくのです。

80歳と高齢なので、周りの人達も彼女の体調をすごく心配していました。

2014年8月から筆者一家はブダペストに引っ越しましたが、現在もウルメイニシュには毎月のように足を運んでいるので、実家へ帰省するたびにおばあちゃんに会いに行きます。

彼女は庭の手入れも素晴らしく、刺繍も上手で、80歳とは思えないほど体力がありたくましい女性です。

私が80歳になったとき、彼女のように日々をたくましく強く生きていられるでしょうか。

確実に無理だと思います。(筆者はもちろん屠殺はしませんし、できません)

©FinoMagazin roadsinormeynes

©FinoMagazin roadsinormeynes

ウルメイニシュはどこを歩いても、見事なまでにお店を見かけません。

昔、吉幾三の『オラ、東京さいくだ』という歌がありましたが、ここはまさにあの世界です。

子ども達とお散歩すると、この歌の歌詞がいつも、頭の中でリフレインし続けていました。

一面銀世界となった、冬のウルメイニシュ

©FinoMagazin ウルメイニシュの歩道

©FinoMagazin ウルメイニシュの歩道

ウルメイニシュの家々にはほぼ煙突があります。

人々は夏から秋にかけて暖炉にくべる薪をたくさん割り、寒い冬に備えるのです。

写真は一面銀世界となったウルメイニシュの光景。

ここでの暮らしは、まず、車がないととても不便でした。

理由はずっと述べていますが、お店がほとんどないため、自家栽培していない野菜や鶏以外のお肉、また暮らしに必要な日用品を手配するためには、ウルメイニシュから20kmは離れた町までいかないと調達ができないからです。

ウルメイニシュの個人商店にある食材たち

©FinoMagazin ウルメイニシュにある個人商店に陳列された食品

©FinoMagazin ウルメイニシュにある個人商店に陳列された食品

また、この村に唯一あった駅前の郵便局ではこんなこともありました。

セルビアで暮らす友人宛に、段ボール一箱にギフトを色々と詰めて、ウルメイニシュの郵便局から発送しました。
その翌日、郵便局の職員をしている親友のお父さんが、発送したはずの段ボールを抱えて筆者達の家を訪ねてきたのです。

ウルメイニシュの郵便局では段ボールサイズのものを、隣国とはいえ、海外に発送するシステムがないとのこと。
その言葉を聞いたときに愕然としました。

後日、郵便局から送料も返金され、結局、隣国の友人に荷物を届けることは叶いませんでした。

『郵便局で荷物を発送できないなんてあり得ない!』

当時、そんな日本人としての感覚や概念をなかなか捨てられず、また、この地で起こるさまざまな不測の事態に対して、ここは日本ではないのだから、と頭では分かっているものの、現実にはなかなか受け止めることができなかったのです。

さらに、一番苦労したことが、この国での入籍手続きやステイングパーミットの取得でした。

筆者は日本で先にパートナーと結婚したのですが、日本の戸籍では夫婦となっているものの、国際結婚は双方の国それぞれで入籍手続きが必要です。
ハンガリーで戸籍上、婚姻状態でないと、旅行ビザで3ヵ月までしか滞在できず、それ以降は日本に強制送還となってしまいます。

ハンガリー移住の大前提である、滞在許可証(ステイングパーミット)を取得するには、ハンガリーでの入籍手続きは最初の最重要課題でした。

しかし、ウルメイニシュの役所には、ハンガリー人以外との国際結婚に対応する体制がまるでなかったのです。
その先は割愛しますが、ここで滞在許可証を得るまでに相当苦労したのは言うまでもありません。

結局、親戚の伝手を辿って、ハンガリーの政府関係者の方と交渉する事態となり、3ヵ月の一日前にようやく滞在許可が降りたのです。

日本に強制送還となる1日前に滞在許可証を取得することができた記憶は、一生忘れることはないでしょう。

東京で暮らしてきた日々は、仕事はもちろん、役所での手続きも子どものことも、すべて1人で対応し行うことができた、やってきた自負がありました。

しかし、ウルメイニシュでは、なんと無力な人間でしょうか。

何もかも1人で物事を解決することができず、パートナーがいないと周りの人とコミュニケーションも取れません。
英語を話せる人は周りに1人もいないため、自分1人では誰とも会話ができないのです。
自分の考えを周囲に自分の言葉で伝えることもできないのです。

いくらパソコンで、ウェブや広告の仕事ができようが、このウルメイニシュでは、そんなことは全く大したことではありません。

この村の人々から尊敬される人物は、家事育児、仕事はもちろんのこと、庭の手入れや養鶏、養豚、野菜や果物の自家栽培、家の修繕作業や薪割りまで当たり前にできる人のことです。

実家の庭で穫れた、摘みたての新鮮なイチゴ

©FinoMagazin 自宅の庭で栽培したいちごを摘んだ後の状態

©FinoMagazin 自宅の庭で栽培したいちごを摘んだ後の状態

野菜の自家栽培経験もなければ、養鶏などしたこともなく、ましてやDIYもろくにできず、極めつけはハンガリー語が話せない人間は、この村でははっきり言うと、一番の役立たず、一番の弱者です。

ウルメイニシュでの暮らしは、なんて自分は無力な人間なんだと思い知らされた日々でもありました。

東京という便利な都会で暮らしてきた日々から、店が周囲に一軒もない、まるで昔にタイムスリップしたような環境の場所。

この村では赤ちゃんと同じように、何も自分ですることが出来ない無力な筆者を、村の人達は温かく見守ってくれました。

美味しいケーキの数々は、お料理上手なアニャの手づくり

©FinoMagazin 親友のお母さんがいつも美味しい手作りケーキでおもてなししてくれました。写真左はパラチンタ。

©FinoMagazin 親友のお母さんがいつも美味しい手作りケーキでおもてなししてくれました。写真左はパラチンタ。

 

そして、いつも美味しい手作りケーキやお菓子でもてなしてくれたのです。

いろんな試練を与えてくれたウルメイニシュ、そして、本物のオーガニックライフや人々の優しさに触れることができたウルメイニシュ。

この村で過ごした日々は、宝物のようにも思えます。

何もかも自分の想い通りにできない、無力さを痛感できた日々、そして何よりも人々の優しさに触れることができたこの村での暮らしがなかったら、ハンガリーという国や人々について、それほど深く考えることは決してなかったでしょう。

筆者の知らなかった世界を教えてくれたのが、ウルメイニシュという村なのです。

フィノマガジンは現在、ブダペストから配信を続けていますが、ハンガリー現地発日本語情報メディアを立ち上げた経緯は、すべてこのウルメイニシュ村での経験が原点となっています。

昨年のウルメイニシュの様子

ウルメイニシュでの本物のオーガニックライフを体験しなかったら、『情報発信』という想いには至りませんでした。

ハンガリーと言えば、世界遺産都市のブダペストやこの国の主要な観光地の様子は、さまざまな雑誌やガイドブック、旅関連のウェブサイトなどで、いろいろと情報を集める事は可能かと思います。

フィノマガジンも、ブダペスト周辺の情報がどうしても多くなっていますが、ウルメイニシュで経験した本物のオーガニックライフをはじめ、ガイドブックに載っていない、ありのままのハンガリーをこのメディアでお伝えしたい、その想いは変わることがありません。

 

ハンガリー全土、さまざまな地域のリアルな魅力をウェブという媒体を通して、読者の皆様に、日本はもとい、世界中に発信し、お伝えしていくこと、それがFinoMagazin(フィノマガジン)の役割だと思っています。

 

ハンガリーのリアルな魅力を発見し、リアルな暮らし情報をお届けするフィノマガジン。

皆様からのこんなイベントをレポートしてほしい、といったリクエストがあれば、いつでもお待ちしています。

これからも、FinoMagazin/フィノマガジンをどうぞお楽しみください。


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ブダペスト在住コラムニスト。フィノマガジン主宰 兼 編集長。ワインアドバイザー(Wine & Spirits Education Trust認定Higher Certificate)。元博報堂グループ(広告代理店)コピーライター、ディレクター(AD & WEB)、プロモーション・プランナー。現在は出版社や雑誌社をはじめ、さまざまな媒体で執筆業を中心に活動。 現在連載中の他メディア◉【住まいの大学】インテリア講師 ◉【Yahoo! Beauty &TRILL(ヤフー!ビューティ&トリル)】ライター ◉ビューティメディア【Faura(ファウラ)】コラムニスト ◎受賞歴: J-wave主催Webビジネス開業支援コンテスト特別賞受賞(企画書制作部門)◎メディア出演歴:湘南ビーチFM(ラジオ局)“ワインのお話”メインレギュラー(約2年)。ハンガリーのネイル製品ブランドMoyra(モイラ)のSole Agent【Moyra Japan】代表。

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