歴史から探る日本のお花見風景 古(いにしえ)から現代人まで魅了する桜


いよいよ日本では待ちに待った春到来ですね!

雨が降っては暖かくなり、春の嵐が吹いてはまた暖かく。
と、一歩一歩、春に近づき、今年もお花見の季節となりました。

今年の春は比較的温暖のため、3月19日には福岡で桜の開花が発表されましたよね。

さて、この日本人特有の“お花見の習慣”は、いつごろから始まったのでしょう?

先人たちがこよなく愛した桜の花見。
日本の歴史に思いに馳せながら、粋に花見を楽しんでみたいものですね。

そこで今回は、国立国会図書館にコレクションされている、

歌川広重、歌川国貞、渓斎英泉らの素晴らしい浮き世絵とともに、

古来から現在へと広がる“にっぽんの花見”について考察したいと思います。

 

ソメイヨシノ、実はクローン桜?!

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①浅草寺桜奉納花盛ノ図 絵師:初代 歌川国貞(3代豊国)  画像提供:国立国会図書館


現在、600種を超えるとされている桜の中で、日本を代表する桜といえば“ソメイヨシノ”。

ソメイヨシノが誕生したのは江戸時代の後期、あるいは、明治時代の初期という説があり、当時、染井村(現在の豊島区駒込)の植木職人たちが、大島桜と江戸彼岸の交配種を育成し販売したと言われています。

当初、ソメイヨシノは吉野桜という名前でしたが、奈良県吉野山にある桜と区別するため、いろいろな経緯の後、染井村の地名にちなんで“染井吉野”と命名されたそうです。
ソメイヨシノは種から育てるのではなく、接ぎ木や添え木で育成されています。
つまり、遺伝子がみな同じでクローンの桜になるんですね。
ソメイヨシノは人の手が加えられないと繁殖できない桜ですが、成長がとても早いことで知られています。
その寿命は環境にもよりますが、60年前後、他の桜と比べると短いのも特徴です。


貴族たちは和歌を詠み、農民たちは豊作を祈る

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②江戸自慢三十六興 東叡山花さかり 絵師:2代歌川広重  歌川豊国筆  画像提供:国立国会図書館


奈良時代の貴族たちのお花見といえば梅、その後、平安時代に愛されたのが桜でした。
貴族達の間で、宴とともに花を愛でる習慣を定着させた人物は“嵯峨天皇”とされています。

その一方で、お花見は農民達にとって豊作を祈る対象として神聖な行事でした。
当時の人々は山に登り、野生の桜のもとで料理や酒などを楽しんだのだとか。

今日、私達が楽しむお花見のスタイルは、昔の貴族や庶民それぞれの楽しみ方が原型だったのですね。

鎌倉・室町時代には豪族や武家にもお花見の風習が広まり、室町時代にはあの豊臣秀吉が京都の醍醐寺で盛大に催した「醍醐の花見」は歴史上、とても有名なエピソードですよね。

そうして、お花見文化が最も広く庶民の間に普及していったのが江戸時代でした。


お花見を庶民に広げたのは8代将軍徳川吉宗

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③江戸名所発句合之内 上野 絵師:絵師:初代 歌川国貞(3代豊国) 画像提供:国立国会図書館


江戸時代初期、桜のお花見スポットとして有名だったのは、上野にある寛永寺の境内。

当時、その場所は一般庶民にも開放されていましたが、酒宴や夜桜見物などは禁止されていました。
その後、新たなお花見スポットをと、お花見事業を推し進めたのが、徳川家8代将軍の徳川吉宗です。

そうして、江戸のはずれにいくつか桜の木が植えられました。
以降、夜桜が楽しめた“浅草隅田川堤”、桜と海が同時に鑑賞できて人気の“品川・御殿山”、さらに、騒いでも構わない“北区王子の飛鳥山”や、“玉川上水の小金井堤”などなど。

人気のお花見スポットが増えていき、江戸の庶民達は1年に1度のお花見をとても楽しみにするようになったのです。
8代将軍・吉宗が桜の植樹を推進した理由は複数ありました。

・庶民のストレスを発散するため、お花見を娯楽にし放火や暴動を防ぐ。

・お花見には大勢の人が集まるので、茶屋が増え経済効果が期待できる。

・浅草隅田川堤や小金井堤に花見客が集まれば、堤が踏み固められ強化する。

といった、それらの説が主な理由のようです。


浮世絵に描かれたお花見風景

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④東都上野花見之図 清水堂 絵師:初代 歌川広重  画像提供:国立国会図書館


今日、私達がお花見の時に鑑賞する桜は、ソメイヨシノが約8割を占めるそうです。
桜の開花期間は短いので、お花見シーズンも毎年あっという間に終わってしまいますよね。

江戸時代には桜の品種が数多くあり、品種によって開花時期が異なっていたため、その当時は全国的に約1ヶ月間もお花見が楽しめたそうです。
桜の品種も開花時期もそれぞれ異なり、トータルで1ヶ月近くもお花見できるなんて、現代に生きる私達よりも江戸時代の人々のほうがより贅沢な気分でお花見そのものを楽しめていたかもしれませんね。

江戸時代、当時の桜はその多くが基本種とされる山桜でした。
その他は里桜といって、人の手によって交配された桜など、品種改良も盛んに行われていたそうです。


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⑤「東海道名所風景 東海道品川」 絵師:初代 歌川国貞(3代豊国)  画像提供: 国立国会図書館


以上、貴重な浮き世絵とともに日本独自のお花見について考察してきましたが、それぞれの絵画で表現されているストーリーをもう少し説明したいと思います。

浮世絵ファンの皆様、そして、日本史好き、特に江戸時代の文献にご興味がおありの皆様!
国立国会図書館にコレクションされている貴重な絵画の数々を、ごゆっくりお楽しみくださいね♪※

※①〜⑤は上の絵のキャプション番号(写真の番号)と照らし合わせてご確認ください。

①「浅草寺桜奉納花盛ノ図」 絵師:初代 歌川国貞(3代豊国)

お花見のためにわざわざ花見小袖をあつらえて、いそいそと花見に出かける女性たち。

お花見は当時、出会いの場でもあったため、女性達は精一杯、着飾ったとのこと。
華やかな着物と鮮やかな桜、女性たちはいったいどんな会話をしているのでしょう。


②「江戸自慢三十六興 東叡山花さかり」 絵師:2代歌川広重  歌川豊国筆

江戸の庶民達がお弁当を持参し、ゴザを広げてお花見を楽しむ姿は、今とほとんど変わりはないのですね。
気になる重箱(お弁当)の中身は、干し物、煮物、焼き物、蒸し物、折詰寿司などが色とりどりに盛りつけられています。

落語の「長屋の花見」では、貧乏長屋の住人たちが大家に連れられ花見に出かけるお話がありますが、お酒の代わりに番茶を煮だして薄めたもの、玉子の代わりにたくあんとかまぼこの代わりに大根というお話もあるほど、玉子とかまぼこは定番だったようです。

今や日本のお弁当は海外でBENTOと紹介され、ブームを巻き起こしていますよね。


 

③「江戸名所発句合之内 上野」 絵師:初代 歌川国貞(3代豊国)

お母さんがはしゃぐ子供をなだめているのでしょうか。
絵の中から、その時代の生活の思いに馳せていろいろ想像していくのも楽しいものです。


 

④東都上野花見之図 清水堂 絵師:初代 歌川広重

上野寛永寺清水観音堂、京都の清水寺を模して1631年に建てられたとのことです。
その当時もまた、現在も桜の名所である上野公園内の清水観音堂。
江戸時代、清水観音堂では酒宴や鳴り物、夜桜などが禁止され、お花見するのに色々と制限がありました。
そのため、当時の人々はとても静かに行儀よく、桜を観覧したとされています。


 

⑤「東海道名所風景 東海道品川」

小高い丘で海も桜も同時に見渡せる御殿山。
その土地の由来は、徳川家康が鷹狩の際に休息所として使用した品川御殿からとのこと。
多くの人々で賑わい、ここから眺めた富士山も絶景だったのではないでしょうか。


 

⑥「花見帰り隅田の渡し 四季の内春」 絵師:渓斎英泉

 

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⑥「花見帰り隅田の渡し 四季の内春」絵師:渓斎英泉  画像提供: 国立国会図書館

当時は花見の帰りに“吉原”に渡る男性が多かったとのこと。
浮かれた男性が船の上で踊っていますね。

お花見だけではない桜の用途


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関東風桜餅  写真提供:AC

桜は鑑賞用はもちろん、八重桜や大島桜などは食用としてもよく知られています。
それらの桜は花びらや葉を塩漬けにしたり、また、お祝いの席で用いられる“桜茶”※なども有名ですね。

※桜茶…慶事には「茶を濁す」という言葉を避けるため、煎茶を出さずに桜茶でおもてなしをすることで知られています。

江戸時代には“桜餅”(関東名は長命寺桜餅、関西名は道明寺桜餅)が、明治時代に入ると“桜あんぱん”※も考案されました。

※八重桜の花びらの塩漬けにし、あんぱんに埋め込んだもの。

また、桜の樹皮から作られ、排膿、解毒などの効能で知られる“漢方薬(桜皮)”や、和食器やフローリング=床材の柄、さらには、家具や建材、木工用品、燻製のスモークチップ、染料などなど。

こうして見ると、桜は実にさまざまな商品に姿を変えて幅広く活用されていますが、とりわけ食用として有名なのは、何と言っても美味しい桜餅ですよね!

そんな桜餅の作り方は東西で異なり、薄く焼いた小麦粉の皮を餡にくるみ、さらに塩漬けした桜の葉を巻いたものが“関東風”、また、道明寺粉を蒸し餡を包み塩漬けした桜の葉を巻いたものが“関西風”です。

桜を観ながら関東風と関西風それぞれの桜餅を味わい、その美味しさの違いを比べてみるのも楽しそうですね♪

 

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関西風桜餅   写真提供:AC

 

以上、いにしえから今日に至るまで、人々を変わらずに魅了し続ける“お花見”について特集しましたが、お楽しみいただけたでしょうか?

江戸時代の人々も現在の私達と同じく、春の花見を大変楽しみにしていた事実が、美しい浮き世絵からもよく伝わってきましたね。

とはいえ、最近は、純粋な花見を楽しむことよりも、花見の“宴会”など余興がメインとなってしまい、騒ぎすぎてしまうグループの方々もちらほらお見かけします。

春、ピンクの可愛らしい桜の花に心躍るだけでなく、日増しに暖かくなる陽気に刺激されるのか、浮かれ過ぎてハイテンションになってしまう方も多々いらっしゃるのでしょう。

お花見の楽しみ方は人それぞれですが、

“日本には四季があるからこそ、季節折々の風景が楽しめる”

ということを常に忘れず、日々、忙しくても四季を愛でる心を持ち続けたいものですね。

お花見をはじめ、これからも日本独自の素晴らしい伝統文化や風習が、脈々と語り継がれる日本社会であって欲しいと思います。

 

鎖国していたことで、日本独自の文化が次々と生まれていった江戸時代。

平成の今、日本は世界に開かれた国となり、この日本文化を世界に向けて発信していく時代となりました。

日本が世界とつながることで、また、新たな文化も生まれてくることでしょう。

FinomagazinライターHromiも、日本とハンガリー、日本と世界を結ぶ架け橋のお役に立ちたい!

その想いを忘れずに日々、取材執筆に精進していきたいと思います。

 

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今も昔も変わらない桜の木の下で楽しむ花見の様子  写真提供:AC


 

お花見は飲み過ぎず食べすぎず浮かれ過ぎずで事故のないように楽しんでくださいね♪

 

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川沿いに咲く桜 写真提供:AC

参照サイト:本の万華鏡 江戸の花見~花爛漫~

記事 Hiromi 大海


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この記事は2016年当時のフィノマガジンライターが書きました。 Hiromi 神奈川在住、子供なしです。主人とうさぎと一緒に暮らしています。最近やたらと健康食にこだわりが。 10年かけて少しずつ太って気がついたときには・・・・。ファスティング・断食で10数キロ減量に成功。 なぜか日本に目覚め、日本文化、日本語、日本食を独学で勉強中です。

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