デブレツェンの大教会でハンガリーの歴史を辿る-Debrecenを歩く-中編-


今年3月に開催された “2016年世界ジュニアフィギュアスケート選手権”で、本田真凛選手が優勝という嬉しいニュース。
その舞台となったのは、“デブレツェン”というハンガリー第2の都市です。

デブレツェンは首都ブダペストの賑やかな雰囲気とはまた趣が異なり、街並には緑があふれ、閑静で美しい街。
前回に引き続き、写真とともにこの街のリアルな魅力をレポートします。

Debrecenを歩く-前編-

 


デブレツェンの象徴“カルヴァン派大教会”の、いざ“頂上”へ!

Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

ハンガリー、ハイドゥー・ビハール県の県都、デブレツェン。

この街はただ散策しているだけでも穏やかな気持ちになり、居心地の良さがあります。
ハンガリー第2の都市デブレツェンの中心に位置するのが、“コシュート・ラヨシュ広場”です。

 

“コシュート・ラヨシュ”、革命家の名が由来の広場

コシュート・ラヨシュ広場 photo by ©FinoMagazin2016

コシュート・ラヨシュ広場 photo by ©FinoMagazin2016

 

この広場の名は、19世紀ハンガリー王国時代の政治家であり革命家であった“コシュート・ラヨシュ”に由来しています。
教会の外観が見える上の写真の右側に“コシュート・ラヨシュ”像が、その奥には左右に2本の塔がそびえるネオクラシック様式の美しい教会が見えていますね。

前回、お伝えした通り、この大きな建物はカルヴァン派大教会といって、改革派(カルヴァン派)の拠点といわれる場所です。
1805〜1822年にかけて建設された同教会は、この街のシンボルでもあります。

 

数々のハンガリー史の表舞台となった聖堂

Debrecen photo by©FinoMagazin

カルヴァン派大教会の聖堂 Debrecen photo by©FinoMagazin

 

教会に入ると受付があり、そこで拝観料を払って入場すると、美しいパイプオルガンが中央に見える聖堂がありました。

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

聖堂のオルガン、カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

この聖堂、天井までの高さは約21m、座席数はなんと約3000席もあり、5000人は収容できるというとても広々とした空間です。
ステンドグラスが駆使されているカトリック教会ほどの派手やかさはありませんが、白を貴重とし、とても荘厳された清らかな聖堂でした。

中央ヨーロッパに位置し、陸続きの周囲の国々による侵攻や領土侵略に常に悩まされ続けてきたハンガリーという国。
周囲が海に囲まれた島国の日本からすると、ハンガリーの歴史はかなり複雑に見えるかもしれませんね。

今回、取り上げるカルヴァン派大教会やデブレツェンの観光名所、それらの地名は歴史上の人物に由来することがとても多いので、まず、ハンガリーの歴史を早足で説明したいと思います。

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イシュトヴァーンⅠ世と、ハンガリー王国の歩み

Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会の展示物 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

1000年頃、“イシュトヴァーン1世”が即位し、1918年までハンガリー王国が続いたハンガリー。

1526年、ハンガリー王国はオスマン帝国の攻撃を受け、中央部と南部はオスマン帝国領ハンガリーとして侵略されてしまいました。

また、その前後にも、この国は“ハプスブルク家”率いるオーストリア帝国の侵略を受けて、国の西部と北部はオーストリア帝国の支配下となってしまったのです。

その後の近代史を見ても、1945年の第二次世界大戦後にハンガリーは旧ソ連軍によって占領され、1989年まで長きに渡り社会主義国であり、常に周囲の国々に翻弄されてきたことは、ヨーロッパの歴史に関心が高い方なら、よくご存知かもしれませんね。

 

ハプスブルク家との戦い、ハンガリー革命の舞台となった場所

Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

時は1800年代、ハンガリーはあの貴族中の貴族と謳われる“ハプスブルク家”の統治下にありました。

1848年、ハンガリー王国はハプスブルク王朝のオーストリア帝国から独立しようと革命を起こします。
その“ハンガリー革命”を先頭に立って指揮し、ハプスブルク家と闘った政治家が、先ほど広場名の由来として紹介した“コシュート・ラヨシュ”という人物です。

彼はハンガリーの近代史のなかで、最も有名な政治家であり革命家でした。
ハプスブルク家との戦いにハンガリーが劣勢となった時、コシュートは首都ブダペストから国の拠点をハンガリーの東部デブレツェンに移し、この地でオーストリア帝国からのハンガリー独立を宣言しました。
ハンガリー革命の舞台となったのがデブレツェンであり、このカルヴァン派大教会だったのです。

 

ハンガリー独立を祝って、革命家の“椅子”を展示

コシュート・ラヨシュが実際に腰掛けた椅子 photo by ©FinoMagazin

コシュート・ラヨシュが実際に腰掛けた椅子 photo by ©FinoMagazin

 

筆者が撮影してきた教会内のこちらの椅子は、当時コシュートが腰掛けた本物の椅子で、ハンガリー独立を記念するシンボルとして現在も教会内に飾られています。

聖堂を出て、さらに奥へと進むと、目の前に階段とエレベーターが現れます。

 

カルヴァン派大教会 photo by ©FinoMagazin

カルヴァン派大教会 photo by ©FinoMagazin

 

その階段を上っていくと、聖地エルサレムや厳かな神殿、キリスト降誕の舞台となった聖家など、キリスト教の歴史にまつわるさまざまな展示物がディスプレイされていて見学できるようになっていました。

 

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カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

それらの展示物は主に、教会内部の右側にある塔で展示されていました。
途中から左側の塔に移動し、教会の頂上エリアを目指してそのまま階段を上り続けると、

 

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

上っていくにつれ、どんどんと狭く急勾配な階段となっています。
ヒールがある靴で上るのはやや危険なので、フラットシューズを履いていて正解でした。

 

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

聖堂のある1階から見学を始め、教会左側の塔に移動していくと、とても大きな古い鐘が見えてきました。

 

“ラーコツィ・ジョルジⅠ世”ートランシルヴァニア公に由来する鐘

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

この鐘は「ラーコツィの鐘」(*)と呼ばれ、ハンガリー国内のプロテスタント教会にある鐘では、いちばん大きい鐘なのだそうです。

 

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

(*)ラーコツィとはトランシルヴァニア公※ラーコツィ・ジョルジ1世George I Rákóczi(8 June 1593, in Szerencs – 11 October 1648, in Gyulafehérvár)のこと。ラーコツィ・ジョルジ1世が(家臣に命じて)造らせたもの。

元々、このカルヴァン派大教会は1297〜1311年に建設されたゴシック様式の“聖アンドリュー教会”でしたが、その教会は戦火によって焼失してしまったのです。
現在の姿は、1805〜1824年の間に再建されたネオクラシック様式の教会が原型といわれています。

 

カルヴァン派大教会、頂上からの眺めは絶景

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

カルヴァン派大教会 Debrecen photo by ©FinoMagazin2016

 

ようやく教会の頂上部分に辿り着き、窓の外に広がる眺めを撮影してみると、ご覧の通り、デブレツェンの街を一望でき、とても気持ちのよい眺めでした。

 

デブレツェンを歩く② つづく

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ブダペスト在住ワイン(とインテリア)コラムニスト。フィノマガジン主宰。ワインアドバイザー(Wine & Spirits Education Trust認定Higher Certificate)。現在はオーストリアのWSETでDiplomaコースに通い、MWの夢をいまだ捨てきれず勉強継続中。大手食品メーカー、ワインインポーターの社員として勤務後、広告業界へ。元博報堂グループ(広告代理店)コピーライター、ディレクター(AD & WEB)、プロモーション・プランナー。現在は出版社や雑誌社をはじめ、さまざまな媒体で執筆業を中心に活動。◎受賞歴: J-wave主催Webビジネス開業支援コンテスト特別賞受賞(企画書制作部門)◎メディア出演歴:湘南ビーチFM(ラジオ局)“ワインのお話”メインレギュラー(約2年)。2016年: amebaTV、abemaNews、ハンガリーのネイル製品ブランドMoyra(モイラ)の日本部門【Moyra Japan】代表。

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